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名古屋高等裁判所金沢支部 昭和46年(う)186号 判決 1972年11月19日

被告人 中谷内正三

主文

本件控訴を棄却する。

当審における訴訟費用中証人小関謹二、同大谷内正憲、及び同村上正三に支給した分は、被告人の負担とする。

理由

本件控訴の趣意は、弁護人管井俊明提出の控訴趣意書に記載されているとおりであるから、これを引用し、所論に鑑み記録を精査し、これに当審における事実調の結果をも参酌して、これらに対し次のとおり判断する。

控訴趣意第一点 審理不尽の違法の主張について

所論は原審第一回公判期日における被告人の弁解を論拠とし、刑事訴訟法三三五条二項にいう「法律上犯罪の成立を妨げる理由となる事実の主張」があつたものとみるべき旨をいうが、所論中「犯意がなかつたことの主張」として取り上げている点は、事の性質上同法条で予定している犯罪成立阻却事由の主張に該当しないものであることが明らかであるから、原判決に審理不尽の違法があるとの主張としては、もとより採用の限りではない。また、「刑法三五条にいう正当行為の主張」を云々する点についても、被告人の弁解するところをもつて直ちにこれに該るとみることは困難であり、原審においてこれを刑事訴訟法三三五条二項に基く主張と認めなかつたとしても、これをもつて原審の訴訟手続に審理不尽の違法ありと断ずることはできない。論旨は理由がない。

控訴趣意第二点 法令適用の誤りの主張について

所論はまず漁船法一三条所定の登録番号の表示義務は、登録票の交付を受けた漁船の所有者又は使用者に対し、一回的な行為として、登録票の交付を受けた後、遅滞なく登録番号を当該漁船に表示する義務を負担させたに過ぎないものであり、これ等の者に対し登録番号の表示を継続させる義務までも、課したものではない旨主張するが、漁船につき登録制度を確立し、登録番号の表示を定めた制度の一般的な趣旨からみても、また同法一七条において一定の場合における登録番号の表示の抹消を義務づけ、これを罰則を設けて強制している点からみても、右の表示が継続的なものを意味するものであることは当然の事理であるというべく、所論は採用の限りでない。

次に所論は、「被告人が登録番号を表示しなかつたのは修理の期間中のことであつて、右法条がこのような期間においてまで登録番号を表示しておくことを義務づけたものとは解し難い」旨主張する。しかし乍ら同法一三条における表示義務は、所論にいう車両等(自動車)の場合における自動車登録番号標等の表示の義務が、法定の番号標等を表示しなければ「運行の用に供してはならない(道路運送車両法一九条)」とするのとは異り、「表示しなければならない」とのみ規定されているのみならず、漁船法一七条、一六条、一五条における表示の抹消に関する規定との関連等からすれば、登録の失効或いは取消等によりその基礎となる登録の効力そのものが消滅しない限り、換言すれば登録が有効である限り、また破損等特別の事情により船体に表示することが不可能な場合は別として、それが可能である限り表示義務を負うものと解されるのであつて、単に修理期間中であるとの一事のみをもつて当然に右義務を免れるものと解することはできないものである。(なお、たとえば上架して修理整備をなすに際し、その必要上やむなく一時表示をなしえないような情況に立至つた場合等においてこれが正当行為等の法理により違法性を阻却される場合がありうることは当然のことである。)

しかして本件の場合は、関係証拠によれば、被告人は検挙に先立つこと一週間乃至一〇日間以前に当該漁船を整備の為陸上に上架して船体にペンキをぬり、更に船底部分に防腐剤をぬつたうえ、これらが乾燥した昭和四六年五月二七日頃これを水上におろして港内に繋留し、その際操舵室の外側部分を更にペンキでぬりかえたときに、同所に表示してあつた登録番号をぬりつぶしたが、二度ぬりをするつもりであつたためそのまゝに放置し、同月二九日所用の為金沢に赴いている間に係官により発見検挙されたというものであるところ、同法施行規則一三条によれば登録番号の表示は、所定の様式に従い、「船橋又は船首両側の外部その他最も見易い場所に鮮明にしなければならない」とされるのみで、船体に直接にペンキで表示するか、別の板等に表示したものを取りつけるかその方法について特別の定めはなく、当審証人小関謹二の証言によれば後者の方式をとるよう行政指導がなされているとのことであり、また当審における被告人の供述によれば、被告人自身も本件で取調をうけるため七尾海上保安部小木分室へ出頭した際は、用意してあつた化学製品の板に登録番号を表示したものを取りつけてから出頭したというのであるから、本件の場合、少くとも被告人が船を港に繋留した時点において、たとえ従前表示していた操舵室の両側部分にペンキをぬり、これが未乾燥あるいは二度ぬりの予定であつたとしても、既に乾燥ずみの船首両側部分等に番号を表示してある板等を取りつけるなどの方法により、登録番号を表示することは、一挙手一投足の労で足り、何ら困難なものとは認められないのであつて、いずれにしても本件において被告人に表示義務違反の罪責を免れうる正当な事由があるとは到底認め難い。

(ことに港に繋留する場合、漁船法の立場のみならず漁港法に基く漁港管理者の港管理上の必要性からみても登録番号の表示が厳格適正になされていることが要請されるであろう。)

以上のとおりであつて論旨は全て理由がない。

控訴趣意第三点 事実誤認の主張について

所論は被告人の故意を争うが、被告人の司法警察職員に対する供述調書、原・当審における被告人の各供述を綜合すれば、故意を認定するに充分であり、もとよりこれを阻却する事由ありと認めることはできない。論旨は理由がない。

よつて本件控訴はその理由がないから、刑事訴訟法三九六条に則りこれを棄却することとし、当審における訴訟費用のうち証人小関謹二、同大谷内正憲、及び同村上正三に支給した分は刑事訴訟法一八一条一項本文によりこれを被告人に負担させることとし、主文のとおり判決する。

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